2004/08/23

"The Bus" in 京都 @京大西部講堂

三重の会場で夕方まで余韻に浸りつつ、次の目的地京都へ。
今度は黄色い星が2つ屋根に描かれてるのが印象的な京大西部講堂だ。76年にフランクザッパが伝説のライブを行った、歴史を色濃く残す場所。独特である。

○8/15
前日の設営はスムーズに進む。いつものドーム、ランプに、場内に停まっている車を無理やり押して移動させたり(下が砂利だったため7人くらいで動いた)。京都市内に住む友人たちもぽつぽつ遊びにきてくれる。三重で苦労したコミュニケーションの問題も、ちょっとしたコツとやり方を変えてスムーズに運ぶようになってきた。時間に連れ変化していく光景と明日のタイムテーブルを照らし合わせながら、期待に胸を膨らませる。

○8/16
早朝、急遽PAをお願いした佐藤さんと一緒に大阪吹田に機材を取りに向かう。今回の旅のためわざわざ持ってきたガネーシャの御加護か、激しい睡眠不足も運転は平気だった。佐藤さんはおととし京都造形大でPLEASEをやった時にお世話になった人で、滋賀のパーティから抜け出して夜中到着、仮眠のみで最後まで動いてくれた。非常にタフである。
パーティは東京から呼び寄せた一精ことSANDNORMから。日中の京都はくそ暑いためのんびりと始まる。AOAのパーカッショニストIZUPONを発見、キューバから腱鞘炎の治療のためたまたま戻ってきていると言うので、ITALくんとKAZUMAの間でDJをやってもらうことに。サルサやキューバで買い込んだ音源を中心に、いい意味でアマチュア的というか、レコードを廻す喜びに溢れたプレイで自然に盛り上がる。
夕方に近づくにつれ、人も集まってきてオンタイムでSOFTのライブがスタート。徳島のパーティから駆け付けてくれたBETALANDの仕込みが終わるのとほぼ同時。佐藤さんのオペレートは完璧、SOFTの演奏も出色の出来栄え。近所にある熊野神社の分家の出というデンさんに麻の実を焚いてもらい、送り火に向けてすべてが整う。
8時過ぎに始まる送り火にはSINKICHIくんがこれも間に合う。うまく廻る時はこんなもんだ。先祖の霊を送るという行事に彼以外のDJは思いつかなかった。音量を落とし、アンビエントに近い音の中、それぞれが思い思いに送り火を楽しむ。僕は昼間のうちに調べておいた大文字焼きの「大」がばっちり見れるスポットへ侵入して見届けた。

その頃にはだいぶ酒も進み、今までのもやもやをぶちまけるかのように笑顔がはじける。テキーラの大盤振舞い。急遽参加してくれたFLECK FUMIE、最後は焚き火を囲んでMAMA!MILKのアコースティックライブで〆。素晴らしく妖艶な、夏の情熱と裏返しの寂しさをも感じさせる最高のライブに酔いしれる。
party is over. あとは勝手にやってくれ。VILLAGE周りのジャンベ隊。テキーラの飲み過ぎで方々で倒れているやつら。焚き火がもうすぐ消える。。。

○8/17
翌日、死体のように転がっていた酔いどれどもはいつの間にか復活している。それにしても何とも不思議な光景だった。準備して始まって、終わって片付けたら何もなかったかのように元の風景に戻っている。何も残らない。それぞれの胸の中に、1人1人違った思い出として、残っていく。それで十分。現われては消える砂漠の蜃気楼のような、その刹那な感じはほんとに最高で、いつまでも追い求めてしまうのだ。

今回のパーティでお世話になった人たち...
むちゃくちゃうまい飯を出してくれたvillageのタツノさん。お会いできなかったけど機材をいっぱいお借りした活力屋のリョウさん。アオさん、田村さん、デンさん、ユウキさん、西連協の皆さん。盛り上げてくれたスケーターたち。PAをやってくれた佐藤さんとslim chance audioの面々。いろいろ動いてくれたイタルくんにシンキチくん。そして参加者の皆さん。どうもありがとうございました。
それから最初から最後まで苦労を共にした伊藤くんとWALKのメンバー。12人+1のSPUTNIKメンバー。まじおつかれさまでした。

バスを送り出し、伊藤くんと最後の後始末を終えた頃には激しい雷雨。
居酒屋「いづぼん」でSOFTのメンバーやイタルくん、イズポンに佐藤さんらと飲み明かし、深夜の3時に京都を出る。SPUTNIKバスは次の目的地山口へ向かってる。はたして台風は大丈夫だろうか?おれたちはイズポンを乗せ東京へ。来週は葉山だ。

まだまだパーティは続く。





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