2016/11/30

とまるほど、見えてくる?

ここ2週間、たいしたことない病で臥せってる41歳、本厄男です。

こども経由でもらった溶連菌をこじらせ、腺窩性(せんかせい)扁桃炎にかかり早1週間。
熱は9.5°まで上がり、首のリンパ腺は腫れるわ、耳も痛いわでほぼ寝たきり。

こんなに長く熱が続いたこともない、こんなに長く抗生物質飲み続けたこともない。
大してハードな生活を送ってるわけでもないのに長引くのは、精神的ストレスで免疫力が下がっているのか、はたまた愛が足りないのか。

ビオキッズ世田谷が終わり、年内のイベント予定がなくなってほっとして、この一年の疲れやら反省やらが噴き出してきてるのかも。
(今年はOneness Meeting年末やりません。来年の旧暦新年明けたあたりでやりそう)

ビオを一緒にやってる友人いわく、
病気はね、身体が出してるメッセージだから。ふと立ち止まって、自分の気持ちや行いを見直すチャンス。治すのは病気じゃなくて自分のココロと思って、ゆっくり向き合ってね〜。

金言ありがたや。喉の次に耳というのも意味がありそうで、自分の行いを振り返るいい機会になりそう。
 
 
いま「とまっている」状態の中から、見えてくるものがある。
寝たきりとはいえ精神は活動しているので、ついiphoneでネット見たりyoutube見たりして時間を費やしてしまいがちなんだけど、ふと本を手にしたり、作業の合間にぼーっと座ってる時の考察が案外いけてる!
ここ数ヶ月悩んでたことへの認識がひっくり返って楽になったり、身の回りに起きてきた出来事への洞察、今後の自分のとるべき行動(自分にとって無理がない道)がストレートでシンプルに見えたり。
まだまだ消費している時間も多いんだけど、この思考する時間の割合を増やせれば明晰さを保てるように感じる。

不動産とイベントの2刀流を走らせている時期は、猛スピードで動きながら、局面を変えながら、思考してきた。
どちらが優劣ではなく、新たな方法を再認識できた感じ。

言うなれば、旅のさなか。例えばインド。
一日のタスクなんて、まったく無いか、トイレットペーパー買いに行くことくらいの中、目の前で起こること、出会う人とのただ今を、時間の前後を忘れて共にあること。

動き続ければみえないものが、とまることで見えてくる。
インドの旅で会得しかかった認識法の、いわば実践編。

怪我の功名となりそうな、このタイミングで得た小休止。
目に見えずとも、大きな転機になるかもしれない。



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