2018/09/02

家族記念日

2018年8月31日。

父の79回目の誕生日であり、母が亡くなった日から13年。
いろいろ一区切りだなぁと思う。

夏の記憶はいつもどこかさみしげで、僕はこの時期の空気感が嫌いじゃない。
甲子園、広島・長崎への原爆投下、終戦の日、日航機墜落事故.....


この13年間で、人生が大きく動いた。
女の子との同棲を繰り返し、フーテンだった僕が結婚して、珠のようなこどもを授かった!
会社勤めなんて初めてだったけど、5年間頑張って結果も残した!

いまは子育てに主体的に関わるようになり、オトナとコドモのためのイベントを年間3本もやって、学校の学童クラブの運営にも積極的に関わっている。




 
始まりは13年前。
突然もたらされた母の死。

自分の認識する世界そのものが、音を立てて壊れた。
すべての色は失われ、モノクロームに。


今でも思い出せば息が止まりそうになる、携帯電話への異常な着信数。
父と最初に会話を交わした時のセリフ一言一句。
当時住んでいた六本木の都営大江戸線ホーム。
国立駅からのタクシー。
ずっと、涙が止まらなかった。。


実家の居間で対面する、布団に横たわる母の亡骸。
支えてくれた親族たち。

母が亡くなって24時間後、自分の身に起きた不思議な体験。
とても熱く、安心できるエネルギーが自分の中に入ってきた。

その晩に結婚することを決めた。
巨大な喪失に対抗するにはそれ以外になかった。
ひとり失った悲しみは、絶対に2人増やして癒やすんだと心に誓った。


葬儀の日まで時間があったから、ずっと亡骸に向かって話しかけてた。
高校生くらいからほとんど家に寄り付かずだった自分と母親の空白を埋めるかのように。
穏やかで幸せそうな遺影が救いで、そこには自分の知らない母の晩年の顔があった。


母のことを大事に思ってくれる人たちが全員集合の、母一世一代の晴れやかな旅立ちのセレモニー。
最後のお別れの時、ただただありがとうとしか言えなかった。

火葬の後の骨上げの時、衝動的に母の骨片を食べた。
自分の中でいつまでも生き続けて欲しかったから。

実家に骨と共に戻って、残された肉親3人なんだなぁと思った。
そして1周忌、2周忌と、忌を重ねるごとに母がいない人生が徐々に馴染んでいった。



富ヶ谷ー三軒茶屋と引っ越すうちに、ようやく念願の子供を授かる。
はかなげで、小さくて、どこかすべてを見通してるかのような愛しい命だった。
父になった!

心を入れ替えて真面目にと思ったわけではないが、30半ばで突然勉強に打ち込む。
宅建、FP、簿記....新しい知識に触れるのは、ただただ面白かった。


そして不動産ベンチャーへの就職では、新たな仲間と出会う。
新しいビジネスの世界。
感覚や向き合い方、精神の力、すべてが数字となって目に見える世界。

子育ては補助的だったけど、仕事も必死に頑張った。
1点突破で頑張った!




子供はもう一人授かり、人生の目標も達成!(-1+2=+1!!)
事業は軌道に乗り、M&Aでいつしか大企業のグループに。
新会社の立上げで文化や仕組みづくりに関与していくのは楽しかったし、仕事に打ち込んでいた。


でもその反面、家族は歪を抱えていた。
仕事や付き合いで遅くまで帰らない父。土日にいない父。
一緒にいる時間が少ないためか、懐かなかった下の息子。
もはや臨界点を超えていた。


不動産の仕事を辞めたのは2つ理由がある。
1つは家族のこと。
2つ目は本当に10年後もこの仕事を続けているんだろうか?この仕事は自分でない誰かでもいいのではないか?と思ったこと。



2015年10月から、生活ががらっと変わった。
通勤がなく、家事や子育てを中心とした生活。

うっすらと続けていたイベントの世界に、徐々に引き戻されることになり、やはりこの場に自分の役割があるんだと実感した。



そこから先は、自分にとっての近代史で、まだまだ振り返るには生々しすぎる。
家族のこと、自分の生涯の表現であるイベントのこと。
自分なりに一所懸命やってきたつもりだ。


ひさしぶりに旅行もいった。
インド、韓国。
特にインドでの穏やかで喜びに満たされた日々は、これからの人生に大きな影響を与えると思う。


会社を辞めて家族と濃密に向き合って過ごしたこの3年間は、人生でも大きな3年間だったと思う。
口では言えないほどの苦労もあったし、しみじみとした喜びもあった。
子供の寝顔を眺めているのは、この上ない幸せだった。


そして下の子の小学校入学と共に、子供たちも徐々に親の庇護のもとを離れ、父は父なりに、自分自身の人生を歩み始めるような感覚を覚えている。



母の死から始まった13年間が終わり、新たなステージが始まる。
次の13年は、何をして、どうやって生きているでしょう?

13年後、僕は56歳(58歳で亡くなった母の年齢に近づくということだ)
娘22歳。息子19歳。
いつまでも君たちのことを見守っていたいし、出来る限りサポートするつもりだ。
長生きもするつもり。




人生は貴重だし、一日一日を喜び、慈しみながら生きていければと思う。
怒ったり、嘆いたりする時間はもったいない。


自分の人生をどう創造、デザインしていくのか。
人生の夏から秋にかけて。

今まで培ってきた愛と勇気、知恵と経験、感覚を総動員で、今際の際にいい人生だったなぁと思えるように生きたい。





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