2017/06/15

はじめてのアクアリウム&アクアポニックス【殺虫剤・エビ編】

レグラスポニックスというキットを使って、アクアポニックス(水耕栽培×魚飼育)を始めたのは前回書いたとおり。

水槽には平和が訪れた、はずだった。。。
 
 

ある晩のこと。
 

普段は流木の下などに隠れてるイエローチェリーシュリンプたちが、狂ったように水槽中を泳ぎ回りはじめた。上下上下とせわしない。

ほう〜!これが抱卵の舞と言われるやつか!満月も近いしね〜
なんて感動していたら、地上に下りてビクンビクンとはね始める。

いよいよ脱皮か?と見守っていたら、段々と酔っ払ったみたいにフラフラに。
ついにはひっくり返って足をジタバタし始め異変に気づく(初心者って恐ろしいですね)
 

硬度不足か?


その時点では硬度不足による脱皮不全を疑っていて(底砂に全面ゼオライトを敷き詰めていたせいもあり、以前テトラの6in1で測ったら硬度が0だった)、寝間着のまま急いで深夜スーパーまで自転車を走らせる。

即効性のある硬度上昇対策として知られるコントレックス(ヨーロッパの超硬水ミネラルウォーターで硬度82°dHあるらしい)を購入して投入!

ネオンドワーフレインボーにツンツンされ食べられそうになるのを餌をまいたり水槽叩いて気をそらしたりして守る(端から見たら変な光景だが本人は必死だ)

もしや?ベープクリスタ?


こんな急性な症状はなんかおかしい。

ふと、食卓にぽんと置いてあったベープクリスタの青い容器のことが頭をよぎる。
前に虫除けと間違えて肌にスプレーしたらジンジンと痺れみたいな感覚が何時間も残ったっけ。。

ネットで調べたら、殺虫剤での全滅事例があるわあるわ。

人間や動物にはほぼ無害でも、殺虫成分を代謝する機能を持たない甲殻類や魚には神経系を直撃らしく、中でもワンプッシュで●時間効く類の殺虫剤に含まれるトランスフルトリンは水溶性で水槽内に溶けまくるらしい。

家人に連絡を取ると、
「殺虫剤?使ったよ?蚊がいたから」
「・・・・・エビたちが、、、死にそう、、(TT)」

怒る気力もなく、そう、知らなかったんだから。。おれも知らなかった。。。


もはや非常手段を取るしかないと、瀕死のエビたち(もはや手で触れるレベル)を掬って、昼に外で汲んでおいた水道水のバケツにぶっ込んだ。
水合わせも温度合わせもなし。
殺虫成分の濃度を下げて、あとはエビたちの生命力を信じるしかない。。。
 
 

燃え尽きちまったよ・・


祈る思いで一晩を過ごし、翌朝には1匹が文字通り白く燃え尽きていた。。
「燃えたよ、燃え尽きた、真っ白にな・・・」

本当にごめん!!すまない。。。
 
 
そして数日経って隔離治療も実らず、6匹中4匹がお亡くなりになった。
いま生き残ってるのはメスと思われる2匹だけだ。一応動くけど以前より動きがスローな気がする。

幸い魚たちはいつもと変わらぬ様子だ。
水質変化に敏感なエビたちだけが逝ってしまった。


命と引き替えに、大きな教訓を得た。
エビに殺虫剤・虫除けはダメだ。
スプレータイプやノーマットなどは向きや濃度によっては使えるかもしれないが、ワンプッシュタイプは絶対NG。
メトフルトリンを使用したものは水にあまり溶けないという情報もあるが未確認。
エビ救出にあたっては、下記のサイトを参考にさせてもらった。
http://ameblo.jp/greatwave/entry-11254646239.html
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1366287218
https://coxcafe.net/2012/09/29/21_14_21/

 
 

〜その後のレグラスポニックス


2匹に減ってしまったイエローチェリーシュリンプはいま、屋外のスチロール容器に移され、太陽の下で転地療養中。いずれはオスを迎え入れて繁殖させたいと思っている。

替わりに水槽内の掃除役として、ヤマトヌマエビのコケ取り能力とミナミヌマエビの丈夫さを合わせ持つと言われるトゲナシヌマエビを6匹迎え入れた。
見るからに頑丈で、いつもツマツマと苔を食べてくれている。

ペアで入れてるグッピーのオスは求愛し続けているが、メスにすげなくかわされ続けている。
この先彼の求愛が実ることがあるのだろうか?
温かく守りたい。


命って儚いなぁ。。
何の因果か我が家にやってきた魚やエビたち。
なるべく幸せに魚生(蝦生)を送ってほしいなと思っている。


2017/06/08

はじめての熱帯魚アクアリウム&アクアポニックス【レグラスポニックス・無加温飼育編】

昨年からの屋外メダカビオトープに引き続き、屋内でもアクアリウム&アクアポニックスにはまってます。

アクアポニックスとは、水耕栽培(Hydroponics)と魚の水産養殖(Aquaculture)が融合した、有機循環エコシステムのこと。

魚の排泄物から発生したアンモニアが微生物によって亜硝酸塩、硝酸塩へと分解、植物はこれを栄養として吸収して育ち、きれいになった水が再び魚の水槽へと戻るというわけ。


西暦1000年頃、アステカ族が実践していた農法「チナンパ」をルーツに持つこの農法、従来の土を使う農業と比べて90%の節水が可能、水耕栽培の約2・6倍の生産性などの利点を持ち、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどを中心に、未来の農業として水資源の少ない途上国でも活用され始めている。
 

メダカビオトープ
我が家では、屋外メダカビオにはミニトマトの苗を2つ漬けていて、地植えの中玉トマトに比べて明らかに発育が悪いので、栄養不足(アクアポニックスにおいては魚不足・糞不足とも言える)か水流不足を疑っている。

14号鉢に、ヒメダカ8匹くらい?、ミナミヌマエビ8匹?、ドジョウ1匹、ヒメタニシという感じで、1日1回の餌やりとたまの足し水くらいで放置してるが、水は澄んでるし、氷が張るような寒さでもぬるま湯くらいの暑さの中でも、みなすこぶる調子が良い。

その他、屋外では井の頭産のザリガニとヨシノボリの混泳水槽、メダカの針子用、スッポンの赤ちゃんを飼ってる水槽があり、まぁ賑やかで飽きない。
 
ほとんど顔を出さないスッポン

そして新たに室内に導入したのが、レグラスポニックスという魚飼育も十分楽しめる水槽キット。ついに熱帯魚の世界へ踏み出そうかと。

魚の飼育なんて子供の頃縁日で掬った金魚をあっさり死なせて庭に埋めたくらいの記憶しかないんだが、どうしてこれが面白い。

太陽の恵み、雨水、風、土や微生物の働き、飛んでくる虫...
すべて揃った屋外ビオに比べ、室内の30cmキューブ水槽では、その循環をいかに人為的に創出するかの実践。
室内アクアリウムを始めると、自然の循環の素晴らしさ偉大さに気付かされる。

とはいえ、自分の好みとしてすべてが人為的に整ったものよりは作為ではない余地があるものが好みなので、初心者ながらヒーター無しの無加温でいくことにした。

レグラスポニックス 300H
レグラスポニックスの場合、上部の植物栽培スペースに敷き詰めたゼオライトと植物の根が濾過フィルター代わりになるので、別途でフィルターも水中ポンプもいらない。

上部からしたたり落ちる水音くらいで静かなものだ。
昔の水中ポンプのうるささに辟易していた人は驚くかもしれない。
 
 
世の中には無加温を追求する好事家もいるようで、2chの無加温飼育スレッドを参考にさせてもらい、低水温に強く初心者でも飼育が容易、かつ混泳可な魚を中心に、見た目の好みと色のバランスで仲間となる魚を選んだ。

アカヒレ 8匹
 ディープレッドホタル 4匹
 ミクロラスボラ・ハナビ 5匹
 ネオンドワーフレインボー 4匹
 グッピー・メタルコブラ 2匹
 GHDグラミー 1匹
 オトシンネグロ 1匹
 イエローチェリーシュリンプ 5匹(瀕死加療中)



一般的に過密飼育と言われるレベルだが、そこは上部で栽培しているバジルとサンチュの養分吸収力に期待している。残念ながらイタリアンパセリは両者に挟まれて日照不足なのか消滅しつつある。

サンチュは途中で導入したライトの青色LEDの効果か徒長気味(植物の成長には赤色と青色の光が必要らしい→参照

海外のアクアポニックス農場の例を見てもある程度過密気味に飼育をしているようだし、日本におけるほぼ唯一のマニュアル本"はじめてのアクアポニックス"でも、低密度での飼育は植物の成長に影響を与えるとして、水20Lに対し魚500g、毎日の給餌量5~10gを推奨、一般的な熱帯魚飼育の常識からは大きく離れていると思う。
(海外ではティラピアという食用の中型魚を飼育しているケースが多く、鑑賞用途というより完全に養殖だ)

エビを除いた飼育魚の最大体長×匹数の総合計が100cmを超えないように、自分の中でルールぎめをしている(推奨できる目安じゃありません)
 
 
アカヒレのメスで他の魚を誰彼構わずひたすら追い回す子がいたので屋外ビオに移動、そっちでは落ち着いてるし、室内の方も平和が戻った。

そう、あの日までは。。。

はじめてのアクアリウム&アクアポニックス【殺虫剤・エビ編】に続く




2017/05/26

「外遊び」がテーマの野外フェス「ビオキッズ2017 in 世田谷公園」

「みんなもっとお外で遊ぼう!」をテーマにした無料の野外フェス「ビオキッズ2017 in 世田谷公園」が5/28日曜日に開催されます。

“自分の責任で自由に遊ぶ”を掲げ、全国に300箇所近くあるプレーパーク(いわば子供の自由区です)
焚き火やら水遊びやら、屋根登ったり、穴掘ったり、一日泥んこで遊べますよ〜♪

おとの森では、ヒューマンビートボクサーの櫻井響くん、多目的打楽器奏者の原口香英さんのライブなど、こども×おとなイベントだからといって手抜きなし!お楽しみに〜〜♪

 
そんなビオキッズの始まりから現在、これからへ至るサイドストーリーを書いてみたので、よかったらご覧ください。
 

[ビオキッズの始まり]


ビオキッズの始まりは4年前。

ひょんな縁で、下の息子を世田谷で野外保育を実践している大きな木保育園に入れ、入園直後に園児父の植田泰(やっし)に呼び出され、子育て・外遊びをテーマのイベントをやりたいと相談を受ける。


そこにいたメンバーは、その後NU VILLAGEを一緒にやることになる編集者の渕上周平に、下北沢でかまいキッチンという自然食を中心とした飲食店をやってる加藤久美子、そしてやっしの4人。


イベントなら自分の今までの経験を活かせるフィールドだし、なんだか面白そうなニオイに惹かれプロジェクトが動き出す。
その時点では羽根木のプレパに行ったこともなかった。
1年目は少人数で手探りのイベント制作。

DJに自身も子育て中のShhhhhを誘い、銀杏の葉が舞い落ちる秋晴れの中での開催。
変な動きで踊るおとな(自分)に釣られ、子供たちがDJの音で踊り出す光景を見て、この先の未来、自分自身における可能性を感じた。


普段音楽が流れているのが当たり前の現場に居続け、いつしか新鮮に思えなくなってしまっていた自分。

参加してくれたお父さんから、「音楽があるとすごく気持ちいね!普段と違う」と言われ、音楽のチカラに気づく。
コドモたちが遊んでいて、楽しい仲間がいて、それだけでも十分楽しいけど、音楽があると時間の流れ方が全く違う。これが音楽のチカラだ!!
 
 

[2年目]


2年目からは、地域で子育てサークルや自主保育をやってる超強力なママたちも加わり、プレパに関わるプレーリーダーや世話人たちともタッグを組んで開催することができた。

そして、ビオキッズから着想を得て、山梨県白州での親子キャンプNU VILLAGEを立ち上げる。こんな楽しい空間を、夕暮れとか夜とか明け方とか、時間の経過の中で過ごせたら最高だなと思って。

20年以上続けてきたパーティ制作のノウハウを一旦脇に置いて、まったく新しいイベントのつくり方、関係性をどうつくるか、問答を続ける日々。

コドモの喜びとオトナの喜びが循環する世界。当たり前だけどそれがはっきり肯定されている空間をつくりたかった。

そのNUVを一緒につくってるメンバーも1/3くらいは保育園繋がりの仲間だったりして、子供を通じて知り合ったわけだけど、自分自身にとっても一生の仲間だと思ってる。

そして子育てを通じて、誰とでもすぐに繋がれる、仲間がどんどん増える。


[3年目〜現在]


ビオキッズも順調に軌道に乗り地域のイベントとして定着してきた頃、奄美皆既日食音楽祭や渚音楽祭など、いわゆるハードコアなパーティ現場で医療班として協力してくれていた医師、瀬田宏哉(Dr. ヒロ)から相談を受ける。
「世田谷公園でもビオキッズみたいなイベントが開催できないか」と。

どうせ同じ志向のイベント、ムーブメントだったら、ビオキッズをそのまま世田谷プレパでもやっちゃえ!と、新たに世田プレ周りの子育てサークルやプレーリーダーのかねが仲間に加わり、勢いで世田プレ初開催!

羽根木と世田谷公園では客層が違うというか、より一般の人(おしゃれな犬連れてたりヒール履いてたり)が多い中での難しさと可能性を感じながら、おしゃれママたち御用達マガジンVERYに大きく取り上げてもらい、いろいろな所へ反響が拡がる。

おしゃれだったり、遊びだったり、子育てをしながらも親も楽しくかっこいいライフスタイルを送りたいという思いの中に、子供が泥んこになって遊ぶことや、いきいきと生きることが組み込まれていることに時代の流れを感じる。

 

 
[これから]


もはや、子育ては親が我慢することでも、こどもが大人の価値観を押し付けられるものでもない。

一緒によりよいライフスタイル(毎日の延長で意志を反映したもの)をつくり上げる共同作業で、どうしたら楽しくなるか、もっと仲良くなれるか、自分自身を肯定できるか、お互いが追求する時間といえる。


自分自身、コドモ×オトナのイベントを中心のオーガナイザーになりつつある中で、夜遊びもそこそこしていて、たまにはオトナ向けのDopeなパーティもやる。

学校の中でも親子で集まれるイベントを立ち上げたり、コドモといかに楽しく過ごせるか、家の中で工夫したり、セミナーに通って勉強したり、本を読んだり、日々楽しく過ごしている。

自分がコドモたちに伝えられることは、生き様だったり日々の生活の中での感覚、表現としてのパーティなので、これはこのまま続けていきます。

音楽、パーティ、子育て、日々を彩る趣味の数々。
齢40を過ぎ、自分の中でそれらが統合されてきているのを感じ、どれも繋がっている感じになってきた。自分の周りでもそんな人が増えているかな。


人が集まること、その場をつくること。
その場が気持ちいいこと。

そんなことを、
これからも実践していこうと思います。


ビオキッズ詳細→
http://biokids.net/
https://www.facebook.com/biokids/

プレーパークについて→
http://www.city.setagaya.lg.jp/shisetsu/1209/1295/d00014645.html


2017/04/05

父の役割 母の役割 〜父性で関わる子育て

2泊3日のスキー&温泉旅行へ、父子3人で草津へ行ってきました。

前日になって急遽行くことに決めた今回の旅。
夜、車で子供たちを寝たままトランスポートして帰宅後に寝ぼけまなこの息子がつぶやいた一言。

「最高に楽しい冒険だったよ、、」

冒険!!なんて魅惑の響きなんだろう。
これぞ父冥利に尽きる一言!!
 

最近、子育てにおける父と母の役割についてよく考える。

一般的な傾向として多いと思うし、我が家もご多分に漏れずという感じなのだが、母性で包み込む母親と、主に刺激や遊びで関わる父親。

産まれる前から細心の注意を払って共に生きているのが影響しているのか、子供の快不快、心情をおもんばり、先回りして子供の先に転がる石をどけてあげたり、転ぶ前に石があるよと注意を促したり、子供の安心感とコンフォートゾーンを作り上げることに長けていることが多い母親たち。

そういった母親からは、父親のどこかガサツで自分の興味に子供を振り回すような様は、理解されにくく、実際問題としてダメ出しをされてる父親も多いと思う。
 
 
じゃあ、父親は子育てのプロ?を自認する母親の言うとおりに、はいはいと動いていればいいのか?それで母親のストレスが軽減されたら円満なのか?

母親には母親の関わり方があるし、父親には父親の関わり方がある。
両方あって成立しているんだと思うし、子供にとっても良いのだと思う。
そしてそれぞれが特性を尊重し合うことが大事だと思う。


では、父親の関わりって何だろう?

精神・身体両面で振り切った遊びを一緒にできることが長所なんじゃないかと思う。
子供のコンフォートゾーンを逸脱する、拡張する動き。

時には、やりすぎて泣いてしまったり、極限まで遊びすぎて体調を崩したり、居心地の悪い状況に放り込まれたり、その場面だけ切り取ればそれダメでしょって言われてしまうようなことが、その子供の領域を拡げたりするんじゃないかな?

その拡張された子供の力でも困難を乗り越えられないと、単につらいだけの経験になってしまうので、その見極めが難しく僕もよく失敗しているんだけど...


今回のスキー旅行でいうと、何事も慎重で失敗したくない娘は緩斜面をのんびり滑るのが大好き。

嫌がる娘をなだめすかして中斜面に連れ出し、最初はびびりまくりだったけど途中からは「転ぶのが楽しい〜〜!もっと滑りたい!」

母親ならこの斜面を滑らせることはないだろうし、吹雪の中べしょべしょの手袋で夢中に雪だるまを作っている子供たちには早々にストップをかけているだろう。
 

とはいえ、一緒に過ごす時間が増えるほど子供が失敗するポイントが見えるので、つい口出したり手を出したりしがち...
はっきり言って余計なんだと、最近は子育てに関わる時間の多い自分にも言い聞かせています。

僕の周りには、男性女性の枠を超えていい感じで子供と関わっている親が多いので、勉強になっています。
共通しているのは、子育てを通じて子供から学び、自らもどんどん変化・成長していること。
子供から学ばず親として確固たるスタンスで存在していると思っている人に限って、子育てをつらがっている人が多い気がする。

子育てを、母親のものだけにさせておくなんてもったいない。
いろんなことを気付かせてくれる子供たちに感謝!




2017/03/25

自分を許す

日々の生活の中で、いい加減にしろ!とか、それ違くねぇ!とか、
夫婦間・親子間でも苦行を続ける、40代原人()です。

目的は心地良い時間を過ごしたいことなのに、うまくいかない時
そこには怒りや焦りがある。


時間通りに進まない、思うように動いてくれない、期待している精度と違うと、相手に怒りを感じ、早く登校・登園させなきゃ、時間通りに寝かせなきゃ、期待されている精度に応えられてないなど、周囲から期待されている状況とそぐわなくなる度に焦りを感じる。

でも考えてみたら、心地よい時間が目標なのだったら、その状況は状況として、怒りや焦りを感じる必要はないんじゃないか。もっと言えば、その状況のままで幸せであることができるんじゃないかと。
「ま、いいか」「てへ、やっちゃった」「へぇ、そうなんだ」

そろそろ、自分を許してあげようと思った。
裏返すと、相手を許すこと。


そう考えるきっかけは、小学1年生の娘にもらった。
外食で会計を終えて、よくある会計横のおもちゃを欲しがる息子(年中)がしつこいので怒ってしまう父、一層泣き出す弟。

あ〜あって顔で見ていた娘は、何でも買ってあげるってことが優しいことじゃないけど、強く言わなくてもいいんじゃない?と父に諭す。

強く言ったり、何度も言わなくても、こどもだって本当はわかってるんだと。
わかってるけど我慢できなくて爆発しちゃうことってあるんだよって。

息子にとっては買ってもらえないことは残念だし、我慢できない気持ちもしょうがない。
親として買わないのもまた、しょうがない。

でも、そこに感情の激しいぶつかり合いは不要なんだって気づいた。
いつの間にかそんなことまでわかるお姉さんになってて、すげえなって思った。
素直に感動したよって娘に伝えた。


元を辿ると、自分の小学生時代。
のほほんとしていて(自分の世界?)、忘れ物王・遅刻王の2冠王だった僕は、学校のプリントを机に溜めるだけ溜め込んで、いまは亡き母親によく激怒されていた。

母親は今思えば育児ノイローゼ気味で、幼い息子を何時間でも、何でできないんだ?と強い口調で詰問していた。
その間の僕はといったら、下を向いて床の模様や座っている椅子の生地の感触に意識を向けながら、嵐が過ぎ去るのをひたすら待っていて、その様子は更なる激昂を呼ぶこともしばしば。

たいがい家の外に出されてあんたはうちの子じゃないよと告げられ、泣いて許しを乞うという今から考えれば芝居がかった事を繰り返していた。
 
 
その反動もあり、中学生になって急に色気づいたのもあり、おれはおれの道を歩む!と一気に不良路線へと転向。親とも散々ぶつかり、家にしばらく帰らないこともしばしば。

ここでは絶対書けないことをいっぱいやらかした後、クラブとクラブ・ミュージックと出会って改心・バージョンアップして、いまここに至るわけだが、幼少期のその体験はいまだに引きずっている部分はあるんだと思う。


恐れと不安が、怒りと焦りを産む。


いまはもう笑って振り返ることができるけどさ。

本当の意味で、許すときがきたようだ。
娘の言葉がきっかけで。世代を超えた連鎖を断ち切るときが来た。


できない自分を許す。できない相手を許す。
ノイローゼだった母親を許す。できなかった自分を許す。

何やらかそうが、そのこと自体が深刻で不可逆な傷跡を残すわけではない。
怒りと焦りこそが、関係性に繰り返し繰り返し傷を刻み、望まぬ結果を呼び込む。


もう許すよ。
それによって失われるものは、ないはずだ。
自分の何かが変わってしまうわけではない。

もう、ゆるしまーす!!