2021/01/08

プレーボール宣言!!  緊急事態宣言再発令によせて

緊急事態宣言再発令。

個人としての行動はこの一年何も変わらない。

1回目の発令の時も、GoToで世間が盛り上がってた時も、今回も、ムードや世間の目ではなく、自分なりの基準で行動します😌

気をつけるところは気をつけて、会いたい人には会い、行きたい所には行くつもり。


コロナなんて大したことないってスタンスとは違う。

最前線の医療関係者や、本来必要な医療措置を受けられない人のことを思えばそんなスタンスではいられない。

かといって僕らは生きているわけだから、知恵や工夫を働かせて、リスクゼロに囚われることなく、文化的で精神的に豊かな日々を送ろうと思う。


緊急事態宣言は、おれにとってのプレーボール
⚾️
 

世がどんなムードだろうと、幸福であることを諦めないことが、自分なりのレジスタンスであり、人間としての尊厳😎

さあ、オトナの知恵の見せ所だ‼️

コドモにも、あの時オトナたちは諦めなかったって見せたい👊



#stayhappy #thinkpositive #lovesavestheday #respecthealthcareworkers




2020/07/21

こどもや身近な人に伝えたいお金の話、始めます

『こどもや身近な人に伝えたいお金の話』というテーマでnoteを始めました😊
  
半ばプライベートを晒すことでもあり、正直いって悩みました。
  
でも、間違いなく自分の一側面でもあり、人生を統合していきたい、こどもにも伝えたいという思いが勝りました。
   
そして、お金を遠ざけて考えて苦しむ友人たちにも、伝えられることがあるんじゃないかと思っています。
    
   
学校でも教わらない、親世代や、銀行、証券会社でも教えてくれない、お金の知識です。
  
正しく学べば、目標に到達しやすくなったり、安心を得られたり、頼もしい相棒にもなりえます。
 
 
マイペースに投稿していきますので、興味のある方はご一読を😉

役に立ったと思ったらいいねやフォローを。
励みになります。
 
人生に青信号を❣️


こどもや身近な人に伝えたいお金の話
https://note.com/lifegreen/




2020/06/03

コロナでやれたこと・やれなかったこと

6月になり、徐々にコロナを完全に避けるというより、いかに共に生きるかに世の中のモードが変わってきましたね😉
  
自分の中でもこの約2ヶ月を振り返ってみようと思う。
 
  
【やれたこと😊】

・NU VILLAGEオンライン
 しゃべることがこんなに救いになるとは!オンラインでも距離を超えて芯食った話ができた😆
 今後も何らか続けていきたい!
   
・オンラインのクラブ実験
 Zoomを使ってどこまでクラブの楽しみを再現できるかの実験。配信よりしゃべりにフォーカスして、それぞれは家から参加。
トライアルはうまくいかないことも多くストレスがあったけど、本番はとても楽しかった!
  
・ガッコのクラスのオンラインおしゃべりの場
 有志企画ってことで、コドモたち、オトナたちのしゃべりの場をZoomで設定。ニーズがある人ない人様々だろうけど、何らか寄与はできたんじゃないかな?
  
・近所のこどものネットワークづくり
 今まで遊ばなかった隣近所の子を次々と誘い込み、毎日路上で遊べるいい仲間になれた!年長〜小5まで異年齢の子が6,7人入り混じって遊ぶ姿は昭和!
  
・スケボー乗れるようになった(自分)
 横ノリスポーツ初体験!ペニーで近所のスーパーくらい買い物にいけるくらいにはなった😊
  
・ブレボー乗れるようになった(息子)
 彼も初体験!周りの子につられて始め、いまや彼の足と化している😊
   
・子供と釣り
 最後に釣りしたのは15年前くらいか?ひさびさに竿買って、多摩川行ったらいきなり40cm級のスモールマウスバス釣れた😆
  
・オンライン英会話(コドモたち)
 ほぼ毎日25分!世界中のいろんな国の人たちとこの歳で抵抗なく喋ってる様はFuture😆 苦手意識も一切なくなり、楽しみみたい!
  
・カードマジックを覚えた(コドモたち)
 youtube見て次々に披露してくれる。でも1週間くらいで飽きて以降下火に😁
  
・SNSアカウントの整理
 前に書いたやつ。OVA.Laboに一本化してすっきりした!OVA Laboratory始めました😁
   
・OVAサイトのリニューアル
 最新の情報に更新したり、OVA Laboという発想に合わせて内容をリニューアル。WEB素人なりに頑張った😆 http://ova.jp/
  
・OVA youtubeチャンネル開設
 FORESTED OVAのアーカイブ映像をアップ!他のパーティの映像も取寄中で、これからマイペースに上げていきます!   
 https://m.youtube.com/channel/UCqMRNIto2muNuQ9HnnehSag

   
・家具購入
 最後のほうで初めて遠出の買い物。IKEA行ってソファベッドとレコード棚購入。模様替えで気分もリフレッシュ!定額給付金ありがとう!!

・麒麟がくる、周回遅れで見始めた
 コドモと見始めたら面白い!人物描写など2時間の映画では描ききれないものがあるね。日本史興味持ってくれたら嬉しいな〜
 
・寄付・クラファン支援
 無くなってほしくないクラブやDJバーの支援、医療系の寄付など。こういう時こそ何にお金を使うかで、直接未来が変わってくる!
 
 
【やれなかったこと😥】

・子供と海外旅行
 一度も連れて行ってないから、今年の春休みはタイあたりを狙っていた。これは残念!

・サッカー(息子)
 休校と共にグラウンドも使えなくなり、、

・体操(娘)
 家で逆立ちとかしてました。ゴールデンエイジだし、遊びの中にコーディネーション系取り入れたくてラダーやアジリティクロスも買ったけど、あまり続かず😅

・テニス(娘)
 杉並区主催のに当たった!けど中止😥

・水泳(息子)
 入会と同時にコロナでまだ行ってない😅

・NU GROUND in 大阪
 6月にやるつもりで、大阪のライブハウスでクラスター発生直後の3月中旬に視察までしたけど断念!いつかやります!

・クラブ支援の月額制クラファン
 3月からやるつもりで身近なクラブのオーナーたちと話したり、実験したり、テストサイトつくったり。
 でも普通のクラファンがスタートするタイミングと、緊急事態宣言明けで徐々に営業再開に向かう流れの狭間で、自分のハンドリングの問題もあるけどリズムが合わなかった。必要な状況がくればやりますが、現状ではお蔵入り。
  
  
やれたことの方が断然多いし、自分的には満足いくコロナ期間だったかも😁

何もなくとも、何かを消費しなくても、コドモたちや気の合う仲間たちと、楽しく生きられると改めて実感できたしね〜😉

何はともあれクリエイティブとユーモア、繋がり❗❗
これ一番だいじ。

 
今後はといえば、緊急事態宣言明けました!って安倍ちゃんに言われても急に感染リスクが下がるわけでもないし、今まで通りリスクを抑えながらシンプルな生活を送るだけ😉

とはいえパーティ再開に向けての行動は、6月中旬あたりから徐々に始めていこうと思います!

Stay Happy❗
Think Positive❗
Respect Health Care Workers❗
Love Saves The Day❣️







2019/06/14

コドモの背中を見守ること 〜3駅の大冒険

最近の娘との出来事。

長女気質なのか、これまでの親との関わりの影響か、とかく慎重派の娘(小4)

ある日、外出先で打ち合わせ中の僕に電話がかかってきて、学校から家に戻ったあと一人で友だちの家に行きたい!と。しかも自転車で自分で行けると。
電車+徒歩では行ったことのある友人宅。間隔の短い井の頭線とはいえ3駅、しかも自転車では行ったことがない。

珍しく、やったことのないことを自信ありげにやれる!と言い切る娘に、電話口の僕はほお〜っと目尻を下げていた。


まぁまだ明るいし、そんな複雑な道でもないし、まぁ行ってみたらと伝える。
自分はまだ帰れないけど、しばらくのうちには帰れるし、迷ったり困ったら電話かけてきて、その場所に迎えにいくのもよし。

たどり着くことがゴールではない。親の庇護を離れて自分で行こうと挑戦したいと思えたことが、こどもの大事な成長点なんだ。


しばらくして電話がかかってきて、娘が泣いている。
聞けばパパが戻らないから行けないと喚いている。いったいその間に何があったのか?

どうやら母親に電話して許可を求めたら、一人じゃ危ないからと言われたようだ。
まぁそういう考え方もあるだろう。
そんな話の中で、自分自身も当初の自信が揺らいできて、自分一人じゃいけないんだと小さく縮こまっているように感じた。
もう行きたくなくなっちゃったかも。。と。


僕は内心残念に思いながらも、ぺしゃんこになった自信を少しずつ膨らませるような気持ちでいまできる事実を伝えた。
1.いますぐは戻れないし、戻ってからは遅すぎて行けない 
2.いくかいかないかは娘自身の判断に任せる(本当はどうしたいと思ってるの?) 
3.もし行くなら、途中迷ったり困ったりしても、電話をくれれば必ず助けに行く


行きたい気持ちと、行けないかもという気持ちが葛藤している様子が電話口から伝わる。
心の中で、行け!GO〜〜〜!!!と叫んでいた。




思えば僕も慎重なコドモだった。第一子だったのも影響しているかもしれない。
(第一子は慣れてない親が手数口数をかけて育てる影響で、慎重なコドモに育つことが多いと思う)

慎重だった僕にも、どこか突破口のような、分水嶺のような局面があって。
踏み出すのはここしかない!今でしょ!という時になると、急に大胆になれてきた過去があるのだ。
思いがけない自分にわくわくしながら、結果失敗したことも成功したこともあるけど、いずれにせよその時はノリノリだった。


娘は行くと。自分ひとりで。(よっしゃ!!!)
明らかにさきほどまでのしょぼくれていた様子と変わり、声が明るい。


結果的に、分かりやすい所まで友だちが迎えに来てくれて、たどり着けたようだ。
慎重だった娘の、3駅の大冒険。

僕が自転車で迎えに行くまでわずかしか遊べなかったけど、娘の顔は充実していた。
どうだった?と聞くと、楽勝〜!だって、笑




コドモが、自分の力で踏み出すか、踏み出さないか迷っている時。
その先に取り返しのつかないリスクがないのならば、僕は後押ししつつ見守るオトナでいたい。

 
オトナにしかできないことをやるのがオトナの役割。
相手の親に電話するとか、いざとなったら助けにいくとか。
 
コドモが自分でできると思ったことは、やってみればいいんだ。
きみがやりたいことがあるのなら、相手にどう思われるかとか、管理が大変だとか、オトナの事情を優先させたりはしない。ママにだって先生にだって、パパは話そう。


いやがってるのに無理に背中を押すのとは違う。
時々見かける、怖がってるのにお尻を押して木に登らせちゃうオトナがこれにあたる。
コドモのこれ以上無理という恐怖心はよく出来た野生の反応で、自分の肉体・精神的な力を超えて親の手で登らせた子は、たいてい木から落ちる。


そして、コドモが転ばないよう、行く先々の小石をあらかじめ拾っていくこととも違う。
失敗させたくない一心で、障害を排除したり、ここはダメと制限を加えるオトナも多い。

息子は最近、滑って危ないから入っちゃいけないと言われている場所があって、そのことに不満を持っている。当たり前だ。そのことはコドモだけじゃ解決できないので、オトナとしての僕は近々そのことについて話し合うだろう。


成功すること/失敗しないことの観念を持つオトナたちは、良かれという思いでコドモに自分自身の囚われを押し付ける。まさに囚われの字のごとし。
オトナの観点のハコに押し込められたコドモは、窮屈さ、自信のなさを感じていく。



ここまで書いて、これってオトナに対しても同じだなって思う。
コドモに対して言っていることは、オトナに対しても言えなきゃ嘘だ。逆もまた然り。


まだまだだなって自分で思うし、絶対の正解なんてないんだろう。
いつでも試行錯誤だ。
こんなことを気づかせてくれるコドモたちには、いつも感謝している。

友人宅からの帰り、娘と僕と息子は夜道に自転車を走らせ、上機嫌で帰っていった。
昨日よりちょっぴり仲良くなっていた。


2019/01/01

HELLOW 2019

あけましておめでとうございます😊
昨年は自分にとってチャレンジな一年でした。
  
コドモに失敗してもいいんだ、チャレンジすることが大事と言うからには、オトナもチャレンジしないと。
でもこれは後付けの理由かな?😁
自分自身の人生として、チャレンジしない自分でいたくはなかった😉
 

NU Village -a potlatch campは共催で一気にエリアを拡大したし、単独では12年ぶりに夜中のパーティNU Ground - for all tribesも始めました。
  
大変なことも多かったけど、その分喜びも多かった。。
  
お世話になったり協力してもらった皆さんには感謝しかありません。
 
 
  
さて、今年はどんな一年になるでしょう。
 
人生も折り返しが見えてきた年頃としては、最高な一年にしたいと思っています。
自分の人生の理想を追い求めたい😍
 
 
表現すること、伝えることの中で、協調し合えるところが見えてくるんじゃないかと。
 

まだおぼろげなイメージなので、松の内あたりまでのんびり考えようと思います😁
  
  
みなさんもよいお正月を❗❗


2018/09/02

家族記念日

2018年8月31日。

父の79回目の誕生日であり、母が亡くなった日から13年。
いろいろ一区切りだなぁと思う。

夏の記憶はいつもどこかさみしげで、僕はこの時期の空気感が嫌いじゃない。
甲子園、広島・長崎への原爆投下、終戦の日、日航機墜落事故.....


この13年間で、人生が大きく動いた。
女の子との同棲を繰り返し、フーテンだった僕が結婚して、珠のようなこどもを授かった!
会社勤めなんて初めてだったけど、5年間頑張って結果も残した!

いまは子育てに主体的に関わるようになり、オトナとコドモのためのイベントを年間3本もやって、学校の学童クラブの運営にも積極的に関わっている。




 
始まりは13年前。
突然もたらされた母の死。

自分の認識する世界そのものが、音を立てて壊れた。
すべての色は失われ、モノクロームに。


今でも思い出せば息が止まりそうになる、携帯電話への異常な着信数。
父と最初に会話を交わした時のセリフ一言一句。
当時住んでいた六本木の都営大江戸線ホーム。
国立駅からのタクシー。
ずっと、涙が止まらなかった。。


実家の居間で対面する、布団に横たわる母の亡骸。
支えてくれた親族たち。

母が亡くなって24時間後、自分の身に起きた不思議な体験。
とても熱く、安心できるエネルギーが自分の中に入ってきた。

その晩に結婚することを決めた。
巨大な喪失に対抗するにはそれ以外になかった。
ひとり失った悲しみは、絶対に2人増やして癒やすんだと心に誓った。


葬儀の日まで時間があったから、ずっと亡骸に向かって話しかけてた。
高校生くらいからほとんど家に寄り付かずだった自分と母親の空白を埋めるかのように。
穏やかで幸せそうな遺影が救いで、そこには自分の知らない母の晩年の顔があった。


母のことを大事に思ってくれる人たちが全員集合の、母一世一代の晴れやかな旅立ちのセレモニー。
最後のお別れの時、ただただありがとうとしか言えなかった。

火葬の後の骨上げの時、衝動的に母の骨片を食べた。
自分の中でいつまでも生き続けて欲しかったから。

実家に骨と共に戻って、残された肉親3人なんだなぁと思った。
そして1周忌、2周忌と、忌を重ねるごとに母がいない人生が徐々に馴染んでいった。



富ヶ谷ー三軒茶屋と引っ越すうちに、ようやく念願の子供を授かる。
はかなげで、小さくて、どこかすべてを見通してるかのような愛しい命だった。
父になった!

心を入れ替えて真面目にと思ったわけではないが、30半ばで突然勉強に打ち込む。
宅建、FP、簿記....新しい知識に触れるのは、ただただ面白かった。


そして不動産ベンチャーへの就職では、新たな仲間と出会う。
新しいビジネスの世界。
感覚や向き合い方、精神の力、すべてが数字となって目に見える世界。

子育ては補助的だったけど、仕事も必死に頑張った。
1点突破で頑張った!




子供はもう一人授かり、人生の目標も達成!(-1+2=+1!!)
事業は軌道に乗り、M&Aでいつしか大企業のグループに。
新会社の立上げで文化や仕組みづくりに関与していくのは楽しかったし、仕事に打ち込んでいた。


でもその反面、家族は歪を抱えていた。
仕事や付き合いで遅くまで帰らない父。土日にいない父。
一緒にいる時間が少ないためか、懐かなかった下の息子。
もはや臨界点を超えていた。


不動産の仕事を辞めたのは2つ理由がある。
1つは家族のこと。
2つ目は本当に10年後もこの仕事を続けているんだろうか?この仕事は自分でない誰かでもいいのではないか?と思ったこと。



2015年10月から、生活ががらっと変わった。
通勤がなく、家事や子育てを中心とした生活。

うっすらと続けていたイベントの世界に、徐々に引き戻されることになり、やはりこの場に自分の役割があるんだと実感した。



そこから先は、自分にとっての近代史で、まだまだ振り返るには生々しすぎる。
家族のこと、自分の生涯の表現であるイベントのこと。
自分なりに一所懸命やってきたつもりだ。


ひさしぶりに旅行もいった。
インド、韓国。
特にインドでの穏やかで喜びに満たされた日々は、これからの人生に大きな影響を与えると思う。


会社を辞めて家族と濃密に向き合って過ごしたこの3年間は、人生でも大きな3年間だったと思う。
口では言えないほどの苦労もあったし、しみじみとした喜びもあった。
子供の寝顔を眺めているのは、この上ない幸せだった。


そして下の子の小学校入学と共に、子供たちも徐々に親の庇護のもとを離れ、父は父なりに、自分自身の人生を歩み始めるような感覚を覚えている。



母の死から始まった13年間が終わり、新たなステージが始まる。
次の13年は、何をして、どうやって生きているでしょう?

13年後、僕は56歳(58歳で亡くなった母の年齢に近づくということだ)
娘22歳。息子19歳。
いつまでも君たちのことを見守っていたいし、出来る限りサポートするつもりだ。
長生きもするつもり。




人生は貴重だし、一日一日を喜び、慈しみながら生きていければと思う。
怒ったり、嘆いたりする時間はもったいない。


自分の人生をどう創造、デザインしていくのか。
人生の夏から秋にかけて。

今まで培ってきた愛と勇気、知恵と経験、感覚を総動員で、今際の際にいい人生だったなぁと思えるように生きたい。




2018/03/12

3.11 14:46 その時あなたは

3.11から7年。
子供たちを連れて訪れた近隣の小学校のお祭りにて、2:46祈りを捧げました。
なーんもない平和な日常のありがたさと、その日常が突如引き裂かれた人々に想いを馳せて。


そして帰宅後〜明日の明朝まで、我が家では電気をストップした生活を始めました。
被災者の心持ちを体験する中でこどもたちにも不便さや暗闇を感じてもらいたかったのと、自宅の防災体制のチェックも兼ねて。

すでに陽も傾きかかってる夕暮れ前。それは明かりの確保から始まった。


そこで気づいたことを10個、箇条書きにして残しておこうと思う。


1.明かりがない! 電池がない! 
 
明るいLEDのヘッドライトやランタンなどどこへ行ったのか?
暗い白熱球ヘッドライトに、一部LEDライトで過ごすことに。。
一軍扱いの照明ほど、何かの折に持出ていて所定の場所で見つからず。
その他、電池入れっぱなしで液漏れしていて接触不良、残量ある電池とないものが入り混じって焦る、、など。
うちはキャンプ道具が揃ってるから〜なんて余裕かましてるアナタ!要確認ですよ〜


2.ろうそくがない!

残量に限りある電池よりもろうそく!と思ったが、これもどこいったのか?大掃除の時に捨てたのかな?
かろうじてクリスマス用装飾の中からデコキャンドルを見つけ出した。
でもこのねじりろうそく、一晩持つかな〜?



3.カセットコンロ万歳!

非常時気分を楽しもう!ということで、こどもリクエストで豚肉とたらこ、2種類のパスタをつくることに。暗闇の中の調理も気分が盛り上がる!
でもこれ、断水しなければだよな〜
ボンベは余裕持ってストックしとこ


4.子供の不安定

暗闇の中ミニカーレースを繰り広げたり、大はしゃぎだった姉弟。
途中から急に怖くなってきたようで、暗闇に対してしきりに怖がり、どこ行くにも付いてくる始末。ちょっとしたことで泣き喚いたり落ち着いたり感情の起伏が激しくなる。
子のテンションに引きづられると親も焦りやイライラが募るし、意外に重要なポイントと感じた。
娘が言ってた「家族全員が揃うと不安が半分になる」は実感こもった言葉だった(この日は途中から妻所用で不在)


5.充電関係

携帯に限らず、巨大なモバイルバッテリー替わりになるPCも日頃から満充電を心がけたい。テザリングに必須のUSBコードがバッグに入ってなくて焦る。
暗い中、あれ携帯どこ置いたっけ?も頻発。鳴らしてみて〜も使えないので、肌身離さず持っておこう。


6.ラジオ!この世に音楽があること

ラジオから流れる放送は、孤独な時間を他にも生きて共有している人がいるんだと勇気づけられた。これがなかったら子供たちはパニックだったかも。
そして音楽がいかに人を奮い立たせるものか。
どんな苦境にあっても感情が沸き立ち、思いを馳せ、意識を飛ばすことができる最も頼りになるメデイアだと思った。音楽ありがとう!!
でも電池式ラジオ、単2が6本だよ、、、予備に手回し式もオススメ!



7.水のこと

首都直下地震が起きた場合、断水する可能性は高い。
今回のようにたっぷりの水でパスタを茹でてとか、お風呂だけは入ってというのはできない(花粉の季節だったので今回は特別に)。トイレも流せない。
我が家ではエコキュートのタンクから直接お湯を取り出す方法があるんだけど、そのやり方の再確認をしとこうと思った。家族内でも共有しておかなきゃ。
(停電中でも断水していなければ蛇口からお湯が出た。参考)

  
8.温度

日頃はエアコンのおかげで20度超をキープしている我が家も、2時過ぎには17度(外気温4度)
体感温度もかなり違うし、これが真冬だったら、、、


9.怪我しない 病気にならない

大災害時、軽傷者の手当は後回しなので、自分の身を自分で守る大事さを子供たちにも伝えたい。地震が起きたらおれ裸足で超スピードで逃げるよとはやる息子に、急がば回れ。家の中も土足でいい(草履は勧めない)という話しをした。
 
 
10.モノやアタマの整理整頓 〜いざという時に

残念ながら家から別の場所に退避することもあると思う。
その時どこに行くのか?家族がバラバラだった場合にどう伝えるのか?(小学生になるとその可能性も高い)ひとりでどう生き延びるのか?どう助けを求めるのか?
持ち出すものはなにか?(僕の場合は家族の思い出写真が詰まったHDDと通帳類くらい)
自分だけではく、家族で共有しておく必要性を改めて感じた。




夕暮れから寝付くまで、子供たちにとってはわずか5時間ほどの体験だったけど、親子とも得るものは多かったと思う。

ろうそくとLEDライトに照らされてやった学校の宿題。親子でそれぞれ詩をつくって発表し合った。
日頃ならそれぞれのことをやっている時間、限りある灯りに身と心を寄せて過ごす、豊潤な時間。

備えていても、不慮のことは起こりうる。
日々の何気ない日常を、その時しかない特別な時間と味わい過ごすことが、一番大事だと思った。

たまたま回したラジオからは七尾旅人。
音楽、ありがとう!!!

2:30 ブレーカーを上げろうそくを消して、明日の炊飯器をセットして本実験は終了〜


2018/02/14

子育てから学ぶ見守り

子育てに関わっていると、今までオトナとして確立していた気になっていた価値観を覆されることがままある。

一般的に、社会や仕事場で有用とされる人間の特質として、気づいたことに対してさっと手を差し伸べたり動いたり、口を挟んだり、そんな機敏さ利発さがあると思う。
そんな人物は仕事仲間やクライアントから頼りにされ、世間一般での評価も高いのではないだろうか?自分は有用な人材という自尊心も満たされているように思う。


では、子供に対してこれをやるとどうなるか?
・求めているものを察してやってあげる。
・先回りして障害を取り除いてあげる。
・子供が探り探り喋ろうとすることをオトナの立派な言葉で言語化する。
・子供にやらせずオトナの精度がある作業を見せつける。
・子供同士で解決策を模索している時にオトナの尺度で裁く(〜順番にやりなさい)
・自分自身の経験に基づく思い込みで子供の可能性を規定する(〜こういうものだから)
など。

子供が自分で失敗にまみれながらも何かをできたという達成を得られる機会を奪ってしまい、自信が育まれない。
何でもやってもらえるという居心地の良さの中、自立心のない依存的な傾向を持つ子供に育ててしまうのだ。

どうしても第一子は親も子育て初心者なので、よかれと思って上記のようなことをしてしまいがち。親も気づいて成長していけばいいんだろうけど、そうでないと忙しい苦しい子育てが続く。
子供が親に依存している反面、親は「お世話をしている」という思いで子供に依存しているんだと思う。


「手を出したくなる、口を出したくなる時はぐっとこらえて、見守る」

そんな大事なことを、息子が通っている大きな木保育園や、保育園やプレーパーク周りの子育てセンスのある父母たちから学ばせてもらえたのは、自分にとって大きかったと思う。

きっとあなたの周りにも、この家族は楽に子供と向き合ってるな〜とか、子供と楽しそうにやってるな〜とか、子供がいきいきとしていい感じだな〜って家庭があると思う。
そんな家庭のやり方を、教えてもらったり、見て真似したり。その家に親も一緒に遊びにいくと生活が見えるのでオススメだ。

育児仲間に誘われて参加したアドラー心理学の育児パッセージもとても有効だった。子育ての心理面での目標である、1)私は能力がある2)人々は私の仲間だ と子供が思えるようにいかに働きかけるかを主体的に学べる。


そして実は、オトナ同士の関係においても、見守ることは大事なんじゃないかと思っている。
仕事において個人の有能さを発揮するのみならず、人を育てられる領域とはそういうものなんだろう。
夫婦や友人関係においても、目先の解決や快適を求める余り、成長と気づきの機会を奪ってはいないかと、最近は自問している。

そんなことを考えさせてくれる子供たちには感謝しているし、子供に何を学んだか?毎日自分に問い掛けてもいいかもしれない。




2017/11/21

生と死と

11月に入ってここのところ、大人しくしていたのには訳があって。
結論から書いておくと、今は心身ともに元気で大丈夫です。ご心配なく。。



10月中旬に7年ぶりとなる大腸の内視鏡検査を受け、盲腸の一歩手前の回腸に6mmのポリープが発見され、その場で切除して念のためと病理検査に回される。


長年の肉食生活や不摂生がたたっているのか、7年前にも1つポリープを切除して、過去に虫垂炎疑いの症状を切らずに薬で散らした経験あり。
健康そのものな僕の身体の中で唯一ウィークポイントと言えるのが大腸とアキレス腱。

2年毎に内視鏡受けてくれと言われていたのが7年も放置してしまっていた。
その間もなんとなくの違和感は感じていたのだが。

今年に入り、ビオキッズやプレーパークに関わる若き友人がガンで亡くなり、自分も受診しなきゃという思いを呼び醒まされていた。



10月末に結果を聞きに行くと、免疫染色病理組織標本作成なる詳細検査が必要でさらに10日後に来てくれとの結果。最悪の場合、悪性リンパ腫の可能性があると。
悪性リンパ腫とは、血液のガン。


可能性ありの告知を受けた瞬間、具体的で生々しい死が僕の未来を覆い尽くした。
肉体は現時点では目に見える異常を示していないのに、精神は凍りつき、恐怖で何かが崩れ落ちそうな。

それまで漠然としてしか意識してこなかった、いつか訪れるけど遠いものと思い込んでいた死が、はっきりとした形で迫っていることを感じる。
景色や感覚、思考はそれまでの日常と一変した。

帰り道の駐車場で、かろうじて買ったミネラルウォーターを飲む。ありふれた水の味や喉を通る感触も、もはやそれまでとは違う。

朗らかな秋空と陽だまりが、無性に心に沁みて、そして悲しい。
この美しく愛しい世界と、ただ一人お別れをしなきゃいけないかもしれないなんて、そんな悲しいことはない。


お別れしたくないと一番に思い浮かぶのは子供たちのことだ。
まだ8歳と5歳と幼い2人の成長をまだまだ見守っていきたい。
小学生になって中学生、高校、大学、社会人と、彼らが求める時はいつでも守ってあげたい。。



その日から、死を考え続ける日々を送るようになる。
何が自分の人生において大事で、何は大事ではないのか。

残された時間は、あと1年かもしれないし、あと10年、60年、半年、1ヶ月かもしれない。
そんな時、自分は何をするのか、しないのか。



まずは怒ること、イライラすること。これは一番の無駄でいらなかった。
できるなら美しい感情で有限の人生を彩っていたい。

そしてこだわり。こうあるべきだとか、この人や子供にこうなって欲しいなど。
これも全くいらなかった。相手や相手と自分の間に流れる空気が健やかで朗らかであるならば、それ以上望むものなどなかった。
お好きにどうぞ、と思った。

勝負や優劣、刺激的なことも望むものではなかった。
たとえ目覚ましい成長、変化はなくとも、ただただ穏やかに時間を過ごせれば、それでよい。


朝と晩、神さまと父母から連なるご先祖さまに祈りを捧げ、生かされている有り難みを毎日感じて、穏やかな一日を生きたい。

考えてみれば、それはインドで送った日々とまったく同じだった。
ガンジス河で沐浴している時に感じた安心感。
いつかここに還っていくのだという、安らぎに満ちた感覚。


ただし否応なしの死を意識しているいま、安らぎからは遠く、苦痛と恐怖に身体はこわばり、大腸の該当箇所が常にうずくようになってしまった。

ネットで病気の予後について検索したり、少しでも腸に良いことと今さら乳酸菌製品を取り始めたり。発がん性があるとされる加工肉や赤肉(牛豚)を極力避け、魚や野菜中心の食をメインに、マルチビタミンやコエンザイムなどのサプリを摂取する。


子供たちといる時は携帯は見ずに、頼まれたり誘われれば必ず付き合う。
子供にああしろこうしろも、ほとんど言わなくなった。
こうなって欲しいとか消え去り、元気でいてくれたらいい。

子供との時間以外は病気情報を中心にかなりネットを見ていたが、もし最後の一日だとしたら自分は何時間をネットに費やすつもりなんだろう?
Facebookを始めとするSNSは一切触れる気がしなかった。

音楽はよく聴いていた。
思い出が詰まった曲。ただただ美しい音。たとえ人生の最後の日でも、音楽はあって欲しい。

家をきれいに保つこと、過ごしやすく手を加えることは、残される家族へと、自分が生きている間の両方の側面で、求めているもので、作業をしている間は没頭していられた。


いく人かの近い友人には会った時に病気のことを話し、アドバイスをもらったり元気づけられたり。一人で抱えておくことはできなかった。

保育園のパパ友で、たまたま悪性リンパ腫に関する日本で最先端の研究を手がける医師がいて、その人のアドバイスには精神的にだいぶ助けられた。


幸いイベント業的には忙しい時期ではなく、家族以外の人との接触もあまり持たず、家族のこと、家のことを中心に、結果の出る10日間を過ごした。


その間、息子の小学校進学をどうするか?という問題が家族的には一番のトピックだったが、天候含めの紆余曲折、いろいろな偶然やタイミングもあって、長女が通う私立小学校に通わせたいと決めた。

もし、自分がこの世を去って子供たちが残される時が来るなら、担任の先生だけでなく、みんながみんな息子のことを知っていてくれて、見守ってくれる、そんな温かい人たちが運営する学校に、入れたいと心が感じた。


その手続きをしに学校に行った時の、校長先生の温かい対応に、心が熱くなった。
グラウンドではスプリンクラーから解き放たれる矢のような水流に狂喜乱舞する子供たち。もう冬に近い気温の中、ビショビショになって遊んでいる様が生き生きと輝いて見えて、ここは子供たちの楽園だと涙した。


この世の中は、なんて温かく、美しいんだろう。
お別れはなんてさみしいものなんだろう。



そして、運命の一日。
この日を境に、まったく違う日々が始まる可能性がある。
この日より前の自分や、自分と家族の間に流れる空気、そこには戻れないかもしれない。

前日に氏神様と思っている大宮八幡宮にお参りして、おみくじ(病気について、衰運にあるが焦らず養生しなさいと書かれていた)や御守を購入している。


病院に着き診察を待つ間。
ナースや職員のちょっとした様子や動きが気になり、不安に駆られる。
やはり、結果は悪かったのかもしれないと。。
僕の番になっても、なかなか呼ばれない。
告知の準備に時間が掛かっているんだろうか。。

名前を呼ばれ、診察室のドアを開けて、見慣れた先生の発声を待つ。。。

「ナラさん。大丈夫だった。何の問題ない」

!!!!!

その瞬間、これもまた世界が変わった。
別の意味で、崩れ落ちそうになって力が抜ける。

本当によかった。。。。

いつもの素っ気ない先生に、10日間の心境と感謝を伝え、診察室を後にする。


目に見える死のカウントダウンか、目に見えぬカウントダウンか。
心持ちは180度違うものになるだろう。

ただし、どちらにせよ有限なことに変わりはない。
やるべきことは、同じはずだ。


自分にとって大事なことに時間を使い、大事でないことに時間を使わない。
一日一日を、生かされている有り難みを感じ、感謝して生きること。
健やかに、朗らかに、穏やかに。


残り1年だったら、その行動はするのか、しないのか?
最後の一日だったら?


今回のことは、まだ死への準備ができていない僕に、神様が与えてくれたチャンスだったんでしょう。北米インディアンの古老たちのように、いつでも穏やかに死ねるように、準備を進めておけと。



大げさかもしれませんが、死生観が変わる経験でした。
とはいえ、僕も忘れ、怠ける人間です。
元気になり、また旧来の思考や反応が頭をもたげるようなこともあります。


それでも自省ができるようになりました。
今日の自分は、昨日の自分とは違います。


怠けた時、囚われた時、遅くてもいいから一歩は進めてみようと思います。
それが限られた時間を持つ命を、有効に使う方法だと思うからです。


御礼参りに再び訪れた大宮八幡宮で引いたおみくじは、第一番の大吉!!
一日一日を、幸せに生きよう!!!



花の木陰にねる様な気持ち。

神様、ご先祖様に、今日1日を無事に過ごさせて頂いた、有りがたさの御礼を申して、明日の1日を、清く正しく生き貫く事をお契い申し、お祈り申して、安らかな床につきましょう。




2017/06/15

はじめてのアクアリウム&アクアポニックス【殺虫剤・エビ編】

レグラスポニックスというキットを使って、アクアポニックス(水耕栽培×魚飼育)を始めたのは前回書いたとおり。

水槽には平和が訪れた、はずだった。。。
 
 

ある晩のこと。
 

普段は流木の下などに隠れてるイエローチェリーシュリンプたちが、狂ったように水槽中を泳ぎ回りはじめた。上下上下とせわしない。

ほう〜!これが抱卵の舞と言われるやつか!満月も近いしね〜
なんて感動していたら、地上に下りてビクンビクンとはね始める。

いよいよ脱皮か?と見守っていたら、段々と酔っ払ったみたいにフラフラに。
ついにはひっくり返って足をジタバタし始め異変に気づく(初心者って恐ろしいですね)
 

硬度不足か?


その時点では硬度不足による脱皮不全を疑っていて(底砂に全面ゼオライトを敷き詰めていたせいもあり、以前テトラの6in1で測ったら硬度が0だった)、寝間着のまま急いで深夜スーパーまで自転車を走らせる。

即効性のある硬度上昇対策として知られるコントレックス(ヨーロッパの超硬水ミネラルウォーターで硬度82°dHあるらしい)を購入して投入!

ネオンドワーフレインボーにツンツンされ食べられそうになるのを餌をまいたり水槽叩いて気をそらしたりして守る(端から見たら変な光景だが本人は必死だ)

もしや?ベープクリスタ?


こんな急性な症状はなんかおかしい。

ふと、食卓にぽんと置いてあったベープクリスタの青い容器のことが頭をよぎる。
前に虫除けと間違えて肌にスプレーしたらジンジンと痺れみたいな感覚が何時間も残ったっけ。。

ネットで調べたら、殺虫剤での全滅事例があるわあるわ。

人間や動物にはほぼ無害でも、殺虫成分を代謝する機能を持たない甲殻類や魚には神経系を直撃らしく、中でもワンプッシュで●時間効く類の殺虫剤に含まれるトランスフルトリンは水溶性で水槽内に溶けまくるらしい。

家人に連絡を取ると、
「殺虫剤?使ったよ?蚊がいたから」
「・・・・・エビたちが、、、死にそう、、(TT)」

怒る気力もなく、そう、知らなかったんだから。。おれも知らなかった。。。


もはや非常手段を取るしかないと、瀕死のエビたち(もはや手で触れるレベル)を掬って、昼に外で汲んでおいた水道水のバケツにぶっ込んだ。
水合わせも温度合わせもなし。
殺虫成分の濃度を下げて、あとはエビたちの生命力を信じるしかない。。。
 
 

燃え尽きちまったよ・・


祈る思いで一晩を過ごし、翌朝には1匹が文字通り白く燃え尽きていた。。
「燃えたよ、燃え尽きた、真っ白にな・・・」

本当にごめん!!すまない。。。
 
 
そして数日経って隔離治療も実らず、6匹中4匹がお亡くなりになった。
いま生き残ってるのはメスと思われる2匹だけだ。一応動くけど以前より動きがスローな気がする。

幸い魚たちはいつもと変わらぬ様子だ。
水質変化に敏感なエビたちだけが逝ってしまった。


命と引き替えに、大きな教訓を得た。
エビに殺虫剤・虫除けはダメだ。
スプレータイプやノーマットなどは向きや濃度によっては使えるかもしれないが、ワンプッシュタイプは絶対NG。
メトフルトリンを使用したものは水にあまり溶けないという情報もあるが未確認。
エビ救出にあたっては、下記のサイトを参考にさせてもらった。
http://ameblo.jp/greatwave/entry-11254646239.html
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1366287218
https://coxcafe.net/2012/09/29/21_14_21/

 
 

〜その後のレグラスポニックス


2匹に減ってしまったイエローチェリーシュリンプはいま、屋外のスチロール容器に移され、太陽の下で転地療養中。いずれはオスを迎え入れて繁殖させたいと思っている。

替わりに水槽内の掃除役として、ヤマトヌマエビのコケ取り能力とミナミヌマエビの丈夫さを合わせ持つと言われるトゲナシヌマエビを6匹迎え入れた。
見るからに頑丈で、いつもツマツマと苔を食べてくれている。

ペアで入れてるグッピーのオスは求愛し続けているが、メスにすげなくかわされ続けている。
この先彼の求愛が実ることがあるのだろうか?
温かく守りたい。


命って儚いなぁ。。
何の因果か我が家にやってきた魚やエビたち。
なるべく幸せに魚生(蝦生)を送ってほしいなと思っている。


2017/06/08

はじめての熱帯魚アクアリウム&アクアポニックス【レグラスポニックス・無加温飼育編】

昨年からの屋外メダカビオトープに引き続き、屋内でもアクアリウム&アクアポニックスにはまってます。

アクアポニックスとは、水耕栽培(Hydroponics)と魚の水産養殖(Aquaculture)が融合した、有機循環エコシステムのこと。

魚の排泄物から発生したアンモニアが微生物によって亜硝酸塩、硝酸塩へと分解、植物はこれを栄養として吸収して育ち、きれいになった水が再び魚の水槽へと戻るというわけ。


西暦1000年頃、アステカ族が実践していた農法「チナンパ」をルーツに持つこの農法、従来の土を使う農業と比べて90%の節水が可能、水耕栽培の約2・6倍の生産性などの利点を持ち、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどを中心に、未来の農業として水資源の少ない途上国でも活用され始めている。
 

メダカビオトープ
我が家では、屋外メダカビオにはミニトマトの苗を2つ漬けていて、地植えの中玉トマトに比べて明らかに発育が悪いので、栄養不足(アクアポニックスにおいては魚不足・糞不足とも言える)か水流不足を疑っている。

14号鉢に、ヒメダカ8匹くらい?、ミナミヌマエビ8匹?、ドジョウ1匹、ヒメタニシという感じで、1日1回の餌やりとたまの足し水くらいで放置してるが、水は澄んでるし、氷が張るような寒さでもぬるま湯くらいの暑さの中でも、みなすこぶる調子が良い。

その他、屋外では井の頭産のザリガニとヨシノボリの混泳水槽、メダカの針子用、スッポンの赤ちゃんを飼ってる水槽があり、まぁ賑やかで飽きない。
 
ほとんど顔を出さないスッポン

そして新たに室内に導入したのが、レグラスポニックスという魚飼育も十分楽しめる水槽キット。ついに熱帯魚の世界へ踏み出そうかと。

魚の飼育なんて子供の頃縁日で掬った金魚をあっさり死なせて庭に埋めたくらいの記憶しかないんだが、どうしてこれが面白い。

太陽の恵み、雨水、風、土や微生物の働き、飛んでくる虫...
すべて揃った屋外ビオに比べ、室内の30cmキューブ水槽では、その循環をいかに人為的に創出するかの実践。
室内アクアリウムを始めると、自然の循環の素晴らしさ偉大さに気付かされる。

とはいえ、自分の好みとしてすべてが人為的に整ったものよりは作為ではない余地があるものが好みなので、初心者ながらヒーター無しの無加温でいくことにした。

レグラスポニックス 300H
レグラスポニックスの場合、上部の植物栽培スペースに敷き詰めたゼオライトと植物の根が濾過フィルター代わりになるので、別途でフィルターも水中ポンプもいらない。

上部からしたたり落ちる水音くらいで静かなものだ。
昔の水中ポンプのうるささに辟易していた人は驚くかもしれない。
 
 
世の中には無加温を追求する好事家もいるようで、2chの無加温飼育スレッドを参考にさせてもらい、低水温に強く初心者でも飼育が容易、かつ混泳可な魚を中心に、見た目の好みと色のバランスで仲間となる魚を選んだ。

アカヒレ 8匹
 ディープレッドホタル 4匹
 ミクロラスボラ・ハナビ 5匹
 ネオンドワーフレインボー 4匹
 グッピー・メタルコブラ 2匹
 GHDグラミー 1匹
 オトシンネグロ 1匹
 イエローチェリーシュリンプ 5匹(瀕死加療中)



一般的に過密飼育と言われるレベルだが、そこは上部で栽培しているバジルとサンチュの養分吸収力に期待している。残念ながらイタリアンパセリは両者に挟まれて日照不足なのか消滅しつつある。

サンチュは途中で導入したライトの青色LEDの効果か徒長気味(植物の成長には赤色と青色の光が必要らしい→参照)

海外のアクアポニックス農場の例を見てもある程度過密気味に飼育をしているようだし、日本におけるほぼ唯一のマニュアル本"はじめてのアクアポニックス"でも、低密度での飼育は植物の成長に影響を与えるとして、水20Lに対し魚500g、毎日の給餌量5~10gを推奨、一般的な熱帯魚飼育の常識からは大きく離れていると思う。
(海外ではティラピアという食用の中型魚を飼育しているケースが多く、鑑賞用途というより完全に養殖だ)

エビを除いた飼育魚の最大体長×匹数の総合計が100cmを超えないように、自分の中でルールぎめをしている(推奨できる目安じゃありません)
 
 
アカヒレのメスで他の魚を誰彼構わずひたすら追い回す子がいたので屋外ビオに移動、そっちでは落ち着いてるし、室内の方も平和が戻った。

そう、あの日までは。。。

はじめてのアクアリウム&アクアポニックス【殺虫剤・エビ編】に続く




2017/05/26

「外遊び」がテーマの野外フェス「ビオキッズ2017 in 世田谷公園」

「みんなもっとお外で遊ぼう!」をテーマにした無料の野外フェス「ビオキッズ2017 in 世田谷公園」が5/28日曜日に開催されます。

“自分の責任で自由に遊ぶ”を掲げ、全国に300箇所近くあるプレーパーク(いわば子供の自由区です)
焚き火やら水遊びやら、屋根登ったり、穴掘ったり、一日泥んこで遊べますよ〜♪

おとの森では、ヒューマンビートボクサーの櫻井響くん、多目的打楽器奏者の原口香英さんのライブなど、こども×おとなイベントだからといって手抜きなし!お楽しみに〜〜♪

 
そんなビオキッズの始まりから現在、これからへ至るサイドストーリーを書いてみたので、よかったらご覧ください。
 

[ビオキッズの始まり]


ビオキッズの始まりは4年前。

ひょんな縁で、下の息子を世田谷で野外保育を実践している大きな木保育園に入れ、入園直後に園児父の植田泰(やっし)に呼び出され、子育て・外遊びをテーマのイベントをやりたいと相談を受ける。


そこにいたメンバーは、その後NU VILLAGEを一緒にやることになる編集者の渕上周平に、下北沢でかまいキッチンという自然食を中心とした飲食店をやってる加藤久美子、そしてやっしの4人。


イベントなら自分の今までの経験を活かせるフィールドだし、なんだか面白そうなニオイに惹かれプロジェクトが動き出す。
その時点では羽根木のプレパに行ったこともなかった。
1年目は少人数で手探りのイベント制作。

DJに自身も子育て中のShhhhhを誘い、銀杏の葉が舞い落ちる秋晴れの中での開催。
変な動きで踊るおとな(自分)に釣られ、子供たちがDJの音で踊り出す光景を見て、この先の未来、自分自身における可能性を感じた。


普段音楽が流れているのが当たり前の現場に居続け、いつしか新鮮に思えなくなってしまっていた自分。

参加してくれたお父さんから、「音楽があるとすごく気持ちいね!普段と違う」と言われ、音楽のチカラに気づく。
コドモたちが遊んでいて、楽しい仲間がいて、それだけでも十分楽しいけど、音楽があると時間の流れ方が全く違う。これが音楽のチカラだ!!
 
 

[2年目]


2年目からは、地域で子育てサークルや自主保育をやってる超強力なママたちも加わり、プレパに関わるプレーリーダーや世話人たちともタッグを組んで開催することができた。

そして、ビオキッズから着想を得て、山梨県白州での親子キャンプNU VILLAGEを立ち上げる。こんな楽しい空間を、夕暮れとか夜とか明け方とか、時間の経過の中で過ごせたら最高だなと思って。

20年以上続けてきたパーティ制作のノウハウを一旦脇に置いて、まったく新しいイベントのつくり方、関係性をどうつくるか、問答を続ける日々。

コドモの喜びとオトナの喜びが循環する世界。当たり前だけどそれがはっきり肯定されている空間をつくりたかった。

そのNUVを一緒につくってるメンバーも1/3くらいは保育園繋がりの仲間だったりして、子供を通じて知り合ったわけだけど、自分自身にとっても一生の仲間だと思ってる。

そして子育てを通じて、誰とでもすぐに繋がれる、仲間がどんどん増える。


[3年目〜現在]


ビオキッズも順調に軌道に乗り地域のイベントとして定着してきた頃、奄美皆既日食音楽祭や渚音楽祭など、いわゆるハードコアなパーティ現場で医療班として協力してくれていた医師、瀬田宏哉(Dr. ヒロ)から相談を受ける。
「世田谷公園でもビオキッズみたいなイベントが開催できないか」と。

どうせ同じ志向のイベント、ムーブメントだったら、ビオキッズをそのまま世田谷プレパでもやっちゃえ!と、新たに世田プレ周りの子育てサークルやプレーリーダーのかねが仲間に加わり、勢いで世田プレ初開催!

羽根木と世田谷公園では客層が違うというか、より一般の人(おしゃれな犬連れてたりヒール履いてたり)が多い中での難しさと可能性を感じながら、おしゃれママたち御用達マガジンVERYに大きく取り上げてもらい、いろいろな所へ反響が拡がる。

おしゃれだったり、遊びだったり、子育てをしながらも親も楽しくかっこいいライフスタイルを送りたいという思いの中に、子供が泥んこになって遊ぶことや、いきいきと生きることが組み込まれていることに時代の流れを感じる。

 

 
[これから]


もはや、子育ては親が我慢することでも、こどもが大人の価値観を押し付けられるものでもない。

一緒によりよいライフスタイル(毎日の延長で意志を反映したもの)をつくり上げる共同作業で、どうしたら楽しくなるか、もっと仲良くなれるか、自分自身を肯定できるか、お互いが追求する時間といえる。


自分自身、コドモ×オトナのイベントを中心のオーガナイザーになりつつある中で、夜遊びもそこそこしていて、たまにはオトナ向けのDopeなパーティもやる。

学校の中でも親子で集まれるイベントを立ち上げたり、コドモといかに楽しく過ごせるか、家の中で工夫したり、セミナーに通って勉強したり、本を読んだり、日々楽しく過ごしている。

自分がコドモたちに伝えられることは、生き様だったり日々の生活の中での感覚、表現としてのパーティなので、これはこのまま続けていきます。

音楽、パーティ、子育て、日々を彩る趣味の数々。
齢40を過ぎ、自分の中でそれらが統合されてきているのを感じ、どれも繋がっている感じになってきた。自分の周りでもそんな人が増えているかな。


人が集まること、その場をつくること。
その場が気持ちいいこと。

そんなことを、
これからも実践していこうと思います。


ビオキッズ詳細→
http://biokids.net/
https://www.facebook.com/biokids/

プレーパークについて→
http://www.city.setagaya.lg.jp/shisetsu/1209/1295/d00014645.html


2017/04/05

父の役割 母の役割 〜父性で関わる子育て

2泊3日のスキー&温泉旅行へ、父子3人で草津へ行ってきました。

前日になって急遽行くことに決めた今回の旅。
夜、車で子供たちを寝たままトランスポートして帰宅後に寝ぼけまなこの息子がつぶやいた一言。

「最高に楽しい冒険だったよ、、」

冒険!!なんて魅惑の響きなんだろう。
これぞ父冥利に尽きる一言!!
 

最近、子育てにおける父と母の役割についてよく考える。

一般的な傾向として多いと思うし、我が家もご多分に漏れずという感じなのだが、母性で包み込む母親と、主に刺激や遊びで関わる父親。

産まれる前から細心の注意を払って共に生きているのが影響しているのか、子供の快不快、心情をおもんばり、先回りして子供の先に転がる石をどけてあげたり、転ぶ前に石があるよと注意を促したり、子供の安心感とコンフォートゾーンを作り上げることに長けていることが多い母親たち。

そういった母親からは、父親のどこかガサツで自分の興味に子供を振り回すような様は、理解されにくく、実際問題としてダメ出しをされてる父親も多いと思う。
 
 
じゃあ、父親は子育てのプロ?を自認する母親の言うとおりに、はいはいと動いていればいいのか?それで母親のストレスが軽減されたら円満なのか?

母親には母親の関わり方があるし、父親には父親の関わり方がある。
両方あって成立しているんだと思うし、子供にとっても良いのだと思う。
そしてそれぞれが特性を尊重し合うことが大事だと思う。


では、父親の関わりって何だろう?

精神・身体両面で振り切った遊びを一緒にできることが長所なんじゃないかと思う。
子供のコンフォートゾーンを逸脱する、拡張する動き。

時には、やりすぎて泣いてしまったり、極限まで遊びすぎて体調を崩したり、居心地の悪い状況に放り込まれたり、その場面だけ切り取ればそれダメでしょって言われてしまうようなことが、その子供の領域を拡げたりするんじゃないかな?

その拡張された子供の力でも困難を乗り越えられないと、単につらいだけの経験になってしまうので、その見極めが難しく僕もよく失敗しているんだけど...


今回のスキー旅行でいうと、何事も慎重で失敗したくない娘は緩斜面をのんびり滑るのが大好き。

嫌がる娘をなだめすかして中斜面に連れ出し、最初はびびりまくりだったけど途中からは「転ぶのが楽しい〜〜!もっと滑りたい!」

母親ならこの斜面を滑らせることはないだろうし、吹雪の中べしょべしょの手袋で夢中に雪だるまを作っている子供たちには早々にストップをかけているだろう。
 

とはいえ、一緒に過ごす時間が増えるほど子供が失敗するポイントが見えるので、つい口出したり手を出したりしがち...
はっきり言って余計なんだと、最近は子育てに関わる時間の多い自分にも言い聞かせています。

僕の周りには、男性女性の枠を超えていい感じで子供と関わっている親が多いので、勉強になっています。
共通しているのは、子育てを通じて子供から学び、自らもどんどん変化・成長していること。
子供から学ばず親として確固たるスタンスで存在していると思っている人に限って、子育てをつらがっている人が多い気がする。

子育てを、母親のものだけにさせておくなんてもったいない。
いろんなことを気付かせてくれる子供たちに感謝!




2017/03/06

学童?鍵っ子?どうする??

上の娘(小1)は、昨年4月から学校内の学童で時間を過ごしてから帰ってくる。
通常授業が終わった後は校庭を使った残り遊びができるので、学童の滞在時間は実質30分〜1時間。短すぎてつまらないらしい。

かと言って学童を出る時間を遅くすれば、帰宅も遅くなる。

ただでさえ、帰宅後は宿題やって→夕飯食べて→お風呂入って→歯磨きして→寝ると、追い立てられるようにルーティンが待っている。なるべく急かしたくないし、これ以上寝るのを遅くもしたくない。


 
自分の幼年期を振り返ると、周りでは学童なんて言葉を聞いたことがなかった(一部ではあったんだと思うが一般的ではなかったと思う)

専業主婦だが外出の多い母と新聞記者の父を持つ自分は、家から5分の私立小学校に通う、いわば鍵っ子だった。
郵便ポストに入れてあるはずの鍵がなくて、何度トイレや台所の小窓に頭から身体をねじり込ませて家に忍び込んだか。

たいがいは、入れない状況もいつものことと。外から取り出せるグローブと軟式球を手に、8回裏ツーアウト満塁バッター○○などと独り空想の世界に浸っては、向かいの壁に向かって壁当てを繰り返していた(ひとり実況解説でつぶやいていたかもしれない)
小学校の時の奈良少年ってそんな感じ。

いま考えると、近所の人はみな僕のことを知っていて見守ってくれていたに違いない。
独りで遊んでいても寂しい感じはなく、学校と、母が帰ってきたら口うるさく言われるハザマの楽しい時間だった。
子どもにとって、余白の時間がいかに大事か。
何やってもいい。一人でお菓子食べても、漫画読んでも、絵描いても、ごろごろしててもいい。自分の子どもにもできればそんな時間を与えたいなと思う。
 
 
いま行っている学童は、前校長や父母が中心となって立ち上げた学童で、スタッフが本当に素晴らしい。おやつも毎回手作りで、公立学童でよく聞くスナック与えて〜なんてのも無縁の世界。まだあまりないけど学童同士の縦の関係もできていけばいいなと思う。
安全面も大きい。毎日ではないと思うが、小学校低学年の女子が一人でお留守番。とはいえこれも1時間少々か。

いろいろと悩ましい。
両親サラリーマンで7時まで帰れないとかならノーチョイスだろうけど。

というわけで結論はまだない。悩み中です。




2017/02/09

生きる力って何だろう?

生きる力(チカラ)
http://blog.livedoor.jp/chonki/より引用
子育て界隈でも、オトナの世界でも、最近周りでよく話されるテーマだ。

お互いで何となく共有しているイメージはあるし、僕自身自分のパーティの説明に"生命の根源的な力"などと綴っている。

最近これについて考えさせられることがあり、あらためて、生きる力ってじゃあ実際何だろう?と考えてみた。


まずは、火が起こせる、山で過ごせるなどの野生で生き抜く力は、分かりやすく生きる力と言えるだろう。もう少しライトに言えばテントが建てられるとか、外で泥んこ遊びとかもその延長上だろう。運動能力が高いなんてのもその力を想起させる。

そして原始時代よりこの方、食糧を得ることができることも生きる力だ。獲物を仕留める力やどこに行けば食糧があるかの知識から始まり、計画的食糧生産が行われるようになって以降は、集約された食糧を自由に差配できる権力を持つこともそう。

分業が進んだ現代では、それは稼ぐ力とも言えるかもしれない。稼いで家族を養う力。
そのために必要な力は、もはや物理的な力というよりは、伝える、理解するといったコミュニケーション能力や、空気を読む、察する、機転を利かす、先を見通す、共感するなどに変わってきている。


仮に、こういった類の生きる力を、身につけるとする。
運動能力抜群で、ワイルドライフにも精通していて、頭がよく、機転が聞き、先見の明があり、人の気持がわかる人、まさにスーパーヒューマン。三国志で言えばパラメーターすべて90以上の趙雲!

生きる力を身につける、育てるというのは、そういうことなのかな??
どうしても、力という言葉ができるできない、優劣を想起させてしまう。
子どもだって、そんなの求められてもねぇ。。


確かに、ぱっと行動してすぐ理解する子どもは、置いてかれたり劣等感を感じたりせずに済み、本人にとっても心理的に望ましい傾向だろう。そして親や先生、友達にとっても付き合いやすいかもしれない。

そしてそういう子は、クラスの人気者になれたり、面接で合格したり、会社では出世、女の子からはモテると、ポジティブフィードバックを得やすいため、さらに本人の自信に繋がる。

でも、みんながそこを目指さなきゃいけないのかな?
何だか、"生きる力"というよりは、単に"生きやすい力"のようにも感じる。


子どもたちを見ていると(大人も同じだと思うが)、ぼーっとしてる子やどんくさい子だっている。でもその子が他に比べ劣っているかというとそうではないと思う。
内に秘める、まだ見えぬ何か、その子にしかないものが必ずあるはずだ。


というわけで、今のところしっくりとくる"生きる力"の定義は僕の中でない。

唯一、最近どうだろ?と思うのが幸福を感じる傾向だ。
ふとした中に喜びや可笑しさ、美しさ、愛おしさ、を感じられること。
同じような状況においても、ある人は満たされていると感じ、ある人は何かが欠けてると不平不満を感じて生きている。


満足感を得られている人は、心に余裕ができて、人にも優しくなれる。たぶん。
どんな状況でも、それは戦争や離散、貧困のさなかにおいても、幸せを感じることができるのか、この世界と自分を肯定/信頼できるのか。それを貫けるのか。

それは周りの評価や状況に左右されない、その人自身が授かった/獲得したもの。
それが現時点で近いかな?と僕が思う"生きる力"だ。


皆さんの思う、"生きる力"は何ですか?
それぞれに異なるイメージや定義があると思う。

よかったら教えてくださいね。




2017/02/06

【blogger】モバイルとPCでFacebookのいいね数を一致させる方法

Bloggerでモバイルテンプレートを使用している場合、
Facebookのいいねボタンのカウントがバラけてしまう問題。

いろいろ調べて、以下の方法で解決。
data:blog.canonicalUrl'で、?m=1が付かない元のURLを参照させるのがポイントのようで。

モバイルテンプレートではPCとスマホで下記のようにURLが変わるため、Facebook for developersで取得したコードそのままでは機能しないようです。
PC http://www.livingroom23.net/
スマホ http://www.livingroom23.net/?m=1

変更するのは、モバイルの方のコードのみでいいみたい。
data:post.bodyで検索して1番目がモバイル、2番目がPC表示。


Facebookデフォルトのコード

<div class="fb-like" data-href="http://www.livingroom23.net" data-layout="button_count" data-action="like" data-size="small" data-show-faces="false" data-share="false"></div>


変更後

<div class='fb-like' data-action='like' data-layout='button_count' data-share='false' data-show-faces='false' data-size='small' expr:data-href='data:blog.canonicalUrl'/>


ついでにシェアボタンもエラーで機能してなかったので、デフォルトのコードを下記に変更。

シェアボタン

<div class='fb-share-button' data-layout='button' expre:data-href='data:blog.canonicalUrl'/>

 
Facebookデバッガーで確認してこの通り。
取得したURL(モバイル)に対して、カノニカルURLはPCのものになっている。



日本語の情報が少ないBloggerを、コーディングできない素人がカスタマイズするにあたり、数々のブログに助けられたので恩返し的なポスト。
コード改編前にバックアップはぜひ。

参考にさせて頂いたサイト
http://www.kuribo.info/2012/03/blogger-blogspotjp.html
http://in0sea.blogspot.jp/2013/06/canonical.html

ということで、よかったら"いいね"をお願いします。笑




2017/02/03

夏のおもひで 〜Dennyさんホームステイ編

サールナートでココナツジュース
2016年の夏のお話。

フランスはAlbiという街から、Dennyさんがやってきた。
インドはバラナシの同じShiva Guest Houseに泊まっていて、帰りのデリー行きの飛行機も同時刻と、何かと縁のあったDenny。

同じ仏教徒ということもあり(僕の場合、神道とのMIXだけど)ブッダが悟りを開いた後初めて教えを説いた地と言われるサールナートもオートリキシャで一緒に行ったっけ。

今度日本行きたいんだ〜、お〜おいでよ〜なんて話から、いきなりだけど我が家にステイすることになった。
ほぼ父親と同じ齢で、そんな安心感もあったのかもしれない。

東京は数日の滞在の中、一緒に秋葉原いったり雷門みたり。
でも1年の半分を世界中飛び回る旅慣れた御仁、反応してたのは合羽橋の道具屋街だった。
道具を大切にし、機能や形状を極めるのが日仏で似ているんだとか。



こどもたちは、見知らぬ外国人のおじさんに興味しんしん。
特に億人は、「はろー!」「ばな〜な〜!」など知ってる単語を連発してコミュニケートしてて、頼もしい限り。
それ以来、電車や街で外国人を見かけると「はろーの人?」って聞いてる。笑


わずか数日のステイだったけど、お別れはどこかしんみり。。

この広い地球の中で、いつかまた出会う日がくるんだろうか。
元気で、長生きして欲しいなって。心から願います!




2017/01/16

2日で子供に適当にスキーを教える方法

小1女子3人組
連休を利用して、大きな木保育園の仲間たちと一緒に、かぐらみつまたへ2年ぶりのスキーへいってきました。

おとな4名に、小学1年生4名、年中2名の大所帯で、大さわぎの珍道中。

そして、東京4時発1泊2日でナイター前まで滑りきる!という行き当たりばったりの弾丸・男ツアー w/女子1


琥珀は年中くらいから始めたのでボーゲンくらいは滑れるはずが、1年ブランクがあるせいか、最初は板はいて歩くこともままならず。汗
スクールに1.5時間ぶち込んで、ようやく勘を取り戻したみたい。さすがインストラクターは教え方がうまい!

親だと双方の心理的な甘えもあってこうはいかないだろうと思う。自分も最初、え〜なんでこんな滑れなくなってるの?ってイライラしちゃって反省。
他のこどもたちにも何とか付いていけるレベルに戻ってくれて、なんとかホッとした。
  
一方の億人(年中)は、エッジ付き板履くのは今回が初めて。ということで私はみんなとは完全別行動で付きっきり。
男チームは年中2人と小1
ここからが自分とその友人が実践してみた、
2日で子供に適当にスキーを教える方法(年中編)です。

動画見るとその成長っぷりに驚くよ!




2017/01/05

Hello! 2017

新年あけましておめでとうございます。
今年も1年、よろしくお願いします。



年始はここ数年のスタンダードな流れで、どこにも夜遊びに行かず、母やご先祖さまの墓参りや実家巡り、気の置けない仲間たちとの新年会などして過ごしています。

大掃除を気合いれてやったので(日頃から溜めすぎとも言う)気持ちのよい自宅でじっくりと映画を見たり、こどもたちと外で遊んだり。


気づいた人もいるかもしれませんが、放置気味だったこのblogも最近やるきが出てきていて、年明けにカテゴリー分けを全面改修しています。
流れていくFacebookの良さより、蓄積されるblogの方が今は意義を感じるというか。
文字数的にもFacebook向きじゃないしね。

今まで大多数の記事をpartyというくくりに大雑把にぶち込んでいたのを、オーガナイズ、パーティ論、告知などに分けたり、国内旅行や海外旅行といったカテゴリーを新設したりしています。
細かい点の改修も行い、これで少しは目的の記事に辿り着きやすくなったかな??
 

過去の記事をカテゴライズするのに読んでいると、2004~2006あたりまでめちゃくちゃな勢いで遊んでますね!つくづくおれって夜遊びとパーティオーガナイズだけだな。

いまから10〜12年前。30歳前後の自分。
大きく分けると、3つに分かれるなと思った。

・2005年の母親の死を境に、2006年〜2009年のブランニューメイド時代
 (渚や奄美皆既日食など、大型フェスのディレクターをよく務めていた)

・2010年の勉強、資格取得の1年を挟んで、2011年〜2015年の不動産営業時代
 (昼間の世界に挑戦、挫折を超えて自分の培ってきた感覚やアートがビジネスに通じると確信)

・2016年〜の、子育て、こども向けイベント時代
 (家事・育児のメインプレイヤーへ。こどもを通じて出会った新しい仲間と新たな機軸)

10年前こんな感じのこと考えていたんだ!とか、当時の雰囲気を思い出して、やっぱりblogはいい!なんて独り思っています。


韓国から一時帰国している妹と一緒に、実家の母の部屋の片付けに取り掛かりました。
12年間閉ざされ、そもそもその前から物置と化していたその部屋。大多数を占めるごみの中に、思い出の品が入り交じる。

亡き母の思い出の封印を解くような作業は、えも言われぬ感情に包まれる経験です。感傷に浸りながらも、バサバサと捨てていく。
これは親世代ではできない、我々子世代の責務なんだと感じました。
生きている間にきれいにしてあげればよかったな。生きている間、一緒にいる間が大事だなと思いました。


年明けは、そんな感じ。
家のことや、車の売却、OVA WEBの改修にも取り掛かろうかと。
自分のやってきたことを見つめ直す中で、新たな展望を得られればいいなと思います。

本厄明けの節分までは、じっくりと。
 


2016/12/14

こどもの振りみて

ここ1年は僕の方がこどもを見ている時間が長く、その分こどもに対する小言やしつけが増えています。
そして、なかなか言うことを聞かないマイペースなこどもたちに、指示や命令を繰り返すのがお互い馬鹿らしいな〜と感じます。

 
「○○しよう」「○○してくれない?」(優しい口調で)
 ↓
「○○は?」「○○する時間」(フォルテ)
 ↓
「○△✕〜!!」「急いで!!」(フォルテッシモ!)

 
最近気づいたのは、親がやってないことはこどももやらない。正確にいうと「両親のどちらか」が出来てないことは、こどももやらない。

本来親ができることって、次何やってあれやってと事細かに指示を出すことや、手を貸して何でもやってあげることじゃなくて、どう生活するか後ろ姿を見せるしかないんじゃないかと。
 
 
片付けなさい!(親が片付けてない)
食事中立たない!(親が立つ)
出しっぱなしにしない(出してる)
前の日に準備しなさい(してない)
手で食べない(食べてる)
早く起きなさい(早く起きない)
物を大切に使いなさい(大切にしてない)
何でも買ってって言わない(買ってる)
etc...

親がやってないことを、親という権威(強い口調や圧力)を振りかざしてこどもに強制しようとしても、うまくいくはずがない。
よくこどもを見れば家庭がわかると言われるけど、それってこどもの家庭での様子ではなく親の様子なんだと思う。

こどもの振りみてわが振り直せ。
こどもはいつだって親の鏡で、いろいろなことを教えてくれる。最高の教師です。